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一生ぶん、恋をした。

その他

 

映画『溺れるナイフ』を見た。この感情を忘れないように、絶対に書き残した方がいいと思った。ネタバレあるから気をつけてね。

 

 


これは完全に「考えるな、感じろ」の映画だった。画が綺麗で抽象的でこういう映画がわたしは大好き。おわったあとによくわからなかったという感想ばかり聞こえてきてナンセンスだなとおもってしまった、考えてはだめ。


コウちゃんの菅田のシーンは強くて激しくて冷たくて時に優しくて心臓がどきどきするような焦燥感に溢れていて、大友のシゲのシーンは穏やかに優しくて愛に満ちていて。ふたりが完全に対比して描かれているところが面白さであり複雑さであり。確かに話の脈略がおかしくてナレーションとか説明が入らないからよくわからない部分が多いんだけど、絶対にそれでよかった。この映画に説明はいらない。和歌山で撮影されたという架空の町浮雲町の海も雨も山も祭りも花も全部、全部が綺麗で絶対に大スクリーンで見てよかったとおもった。

 

 


まずコウちゃんと夏芽の出会いのシーンが印象的だった。神さんがいるからとその町では誰も立ち入ることのない海で。あのときのコウちゃんはなぜか少し怖い印象を与えていたけれど、あとから出会ったとき夏芽が「光って見えた」と言った。それは運命の出会いだった。 正直夏芽は面倒くさい女の子だとおもう。そしてまたコウちゃんも掴み所がないというか自由すぎてよくわからない人だ。ちょっかいを出すように夏芽の前に現れては夏芽が近づくと逃げる。ふたりの追いかけっこが続くシーンだけは平和に見れた。「お前は綺麗じゃけ、おれのものにしてやろうとおもうた」というぶっきらぼうな言葉の中にはコウちゃんの愛が溢れていた。海も山もこの町のものは全部コウちゃんのものだったから。夏芽もコウちゃんのものだったし、夏芽もそれを望んでいた。夏芽の「コウちゃんに勝ちたい」という言葉の裏には愛されたいという気持ちしかなかったのだとおもう。


走り回ったあとのリュックから出てきた炭酸飲料は当たり前だけど缶を開けると吹き出した。それを飲みながら口から零した夏芽の首筋をコウちゃんが舐める。そしてそのままキスをする。中学生か?!とおもうようなシーンだったけどこれがまた綺麗で綺麗でたまらなかった。 火祭りの前に浴衣の夏芽と白装束のコウちゃんが会うところは少女漫画的要素がたくさんあって、手を繋ぎたいという夏芽を一度振り払うものの「離れちゃうよ」の言葉で強く手を握り、「いつでも繋いじゃるけえ」と返す。ツンデレかよかわいいな。「見つめ合いたい」とせがむ夏芽を無人のバスに引っ張りこみキスをする。こんな胸キュンのシーンもどこか危なっかしさを孕むコウちゃんはひどく冷たい目をしていたけれど、コウちゃんにとってももう夏芽は必要な人だった。

 


火祭りのシーンは力強い、迫力のある綺麗なシーンだった。白装束に身を包み、面をつけて松明の火を振り回して踊る。でもそこで1度目の事件が起こり、夏芽とコウちゃんが引き裂かれてしまう。

 

 


ここからが物語の第二幕である。高校生になった夏芽は事件のせいで地味で浮いた存在となっていたし、コウちゃんは悪い連中とつるむようになっていた。そんな夏芽の心に入り込んできたのは、同じ中学だった大友だ。大友はわんこみたいに人懐っこくて、どこか垢抜けなくて夏芽を優しく包み込んだ。高校生になって整えた眉毛をいつまでも夏芽にいじられる。椿の花を咥えているシーンは写真集の1ページかのように綺麗だった。 コウちゃんとのシーンはずっと緊張感があったのとは正反対に大友はいつも柔らかく、優しく温かかった。夏芽がベッドに座り大友が下からキスをするシーンがとてもかわいくて、もしかしたら夏芽は大友との方が幸せになれるんじゃないかとおもった。頑張らないでいいの、という夏芽に「頑張らせてくれ」と言う大友は、本当に夏芽のことが好きだった。

 

夏芽とコウちゃんの再会は小舟だった。夏芽はやっぱり面倒くさい女の子だったけどたぶんきっとコウちゃんはそういうところが好きだったのだろうと思う。ふたりで海に沈むシーンが何度かあるけれど、この小舟から落ちるシーンがいちばん綺麗だ。コウちゃんは「もうおれに関わらんで」と夏芽を突き放したくせに、泣いた。「お前は綺麗じゃけ、持ってる力は使わんと」「おれはお前に何にもしてやれんのじゃ」と追い出すようなことを言いながら、夏芽より泣いた。コウちゃんは夏芽がコウちゃんを想うよりずっと、夏芽のことを必要としていたんじゃないかな。

 

大友に別れを告げるシーンがは涙が溢れた。たぶん大友はその日夏芽から別れ話をされると気がついていた。ずっと早口で夏芽に話をさせないようにまくし立てて話し続けた。夏芽は別れようと言いながら泣いた。大友はずっと笑ってくれ、と頼む。カラオケを歌いながら大友も泣いて「もう友達や」と言う。ずっとずっと友達でいいけど好きと言い続けてくれた大友の優しさが温かかった。

 


2度目の事件も火祭りの日だった。ここは火祭りと夏芽の夢と、コウちゃんが夏芽を助けにきて犯人を殺すという現実が入り混じった複雑なシーンだった。真相はわからない。でも夏芽が助けを求めたのはコウちゃんだったし、止められても夏芽のもとに来てくれたのはコウちゃんだった。それだけが事実だった。血のついたナイフしかそこにはなくて、あのあとコウちゃんがどうなったのかは誰にもわからない。

 

 


夏芽は女優として輝かしい地位を築いていった。でも夏芽は心の中で言うのだ、「コウちゃんの方がもっとすごいんだから。みんな知らないでしょ?」出演した映画の作中、田舎から出てくるシーンが流れる。バスに乗った夏芽を追いかけるバイクに乗った青年。夏芽がバスを飛び降りると赤と黄色のバラの花束をくれた。バイクの後ろに積んだトランクから花が舞う。いつしかその青年は白装束を着たコウちゃんへと姿を変えていた。「ずっと見とるけえのう」コウちゃんは言った。海も山も石も雲も花も夕焼けも、そして夏芽も全部全部全部コウちゃんのものだ。ずっと見ててね。花びらが宙を舞う。

 

最後のバイクのシーンは本当なのか夏芽の幻想なのかわからないけれど、コウちゃんが「ずっと見とるけえのう」と言った言葉はきっと絶対に本当だった。今コウちゃんがどこにいて何をしているのか真相はどこにも描かれなかったけれど。 コウちゃんは夏芽をずっと見ている。ずっとずっと大切におもっているし、ふたりが過ごしたあの時間は嘘じゃなかった。夏芽の心の中にもずっとコウちゃんがいる。そこまで強烈に運命によって惹かれあったふたりだった。確かにコウちゃんは夏芽の心臓だった。激しく強い青春だった。

 

 

 

コウちゃんを演じた菅田将暉くんはぴったりだとおもった。憂を帯びていて、冷たい目をしている。でもどこか完全には冷めきれない温かさを持った人。強烈な存在を放ちながらすぐに消えてしまいそうな儚さをも併せ持つ。コウちゃんは確かに夏芽の神さんだった。

 

 


『あの頃、君が世界の全てで、私たちは永遠だと信じていた。』 とても素敵で大好きな映画に巡り会いました。